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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1604号 判決

原告 桜井伊佐夫 外一名

被告 日吉日出男 外一名

主文

1  原告らと被告日吉の間で、被告日吉が昭和四一年四月二二日被告高波から別紙〈省略〉物件目録記載の土地および建物を譲り受けた行為を取り消す。

2  被告日吉は原告らに対し、右土地および建物につきなされた新潟地方法務局湯沢出張所昭和四一年四月二三日受付第六七八号による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告高波は、原告桜井伊佐夫に対し金三五一万一、九六七円八三銭およびこれに対する昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による全員を、原告桜井ヨシに対し金一七五万五、九八三円九一銭およびこれに対する昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による全員を支払え。

4  原告らのその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

6  この判決は右3に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告ら)

1  主文1と同旨。

2  主文2と同旨。

3  被告高波は、原告桜井伊佐夫に対し金五三一万円およびこれに対する昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を、原告桜井ヨシに対し金二六五万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  右3につき仮執行の宣言。

(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

(原告らの請求の原因)

一、1 訴外亡桜井伊兵衛は被告高波に対し左のとおり合計金八〇〇万円を貸し付けてきた。

(一) 昭和三五年九月一日 金八〇万円

(二) 同三六年五月一日  金四〇万円

(三) 同三七年八月一日 金一〇〇万円

(四) 同年一一月一日  金一〇〇万円

(五) 同三八年一月一日 金二〇〇万円

(六) 同年二月一日   金一〇〇万円

(七) 同年三月一日    金三〇万円

(八) 同年四月一日   金一三〇万円

(九) 同年五月一日    金一〇万円

(一〇) 同年六月一日   金一〇万円

2 しかして訴外桜井伊兵衛および被告高波は、昭和四〇年一一月一二日、右従前の債務を貸借の目的として訴外桜井伊兵衛を貸主、被告高波を借主とする準消費貸借契約を締結し、弁済期を昭和四二年三月一〇日と定めるとともに、右金八〇〇万円中金五五〇万円につき利息を月一分五厘、金二五〇万円につき利息を月二分、遅延損害金は日歩八銭二厘とすることを約した。

二、1 被告日吉は昭和四一年四月二二日被告高波から、当時同被告の所有であつた別紙物件目録記載の土地および建物(以下本件不動産という。)を無償で譲り受け、同月二三日、主文2記載の所有権移転登記を経由した。

2 被告高波は右の当時本件不動産の他には財産を有せず、本件不動産を除いては前記金八〇〇万円の債務の支払いができなくなることを知りながら右譲渡をなしたものである。

三、訴外桜井伊兵衛は昭和四一年一一月七日死亡し、同訴外人の妻たる原告桜井ヨシ、子たる原告桜井伊佐夫において法定相続分の割合に応じて同訴外人を相続した。

四、よつて原告らは、

1 被告日吉に対し、同被告の被告高波からの本件不動産譲受行為を詐害行為として取り消し、かつ、前記所有権移転登記の抹消手続をすること、

2 被告高波に対し、前記準消費貸借に基く貸付金債権中、昭和四一年二月二八日同被告から元金充当の合意のもとに弁済を受けた金三万五、〇〇〇円を控除した残額である金七九六万五、〇〇〇円を相続分の割合に応じ原告桜井伊佐夫に対し金五三一万円、原告桜井ヨシに対し金二六五万五、〇〇〇円、および各原告らに対し右債権の支払期限後(訴状送達の翌日)である昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで約定による遅延損害金の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払をなすこと、

を求める。

(被告らの答弁)

一1  請求の原因一、1記載の事実は否認する。

被告高波、訴外株式会社日本シネマ、同伊藤長栄において原告ら主張の各期日に原告ら主張の各金員を訴外桜井五百枝、同藤井竹乃、同藤井よね子、同桜井トヨらから借り入れた事実があるにすぎない。

2  同一、2記載の事実中準消費貸借契約の目的とされたのが被告高波の訴外桜井伊兵衛に対する借入金債務であつたとの点を否認し、その余を認める。

従前の消費貸借契約は右一、1記載のとおりの当事者間の貸借であつたものであるから、被告高波は原告主張の準消費貸借契約上の債務を負担しない。

二1  同二1記載の事実中、譲渡行為が無償であつたとの点を否認し、その余を認める。被告日吉は右譲受当時被告高波に対し金二、〇〇〇万円弱の貸金債権を有していたので、右債権の一部の代物弁済として本件不動産を譲り受けたものである。

2  同二、2記載の事実は否認する。なお、当時本件不動産には訴外某銀行に対する抵当権が設定されており、実際の経済的価値は低かつたものである。

三  同三記載の事実は認める。

四  同四は争う。

(被告らの抗弁)

一、仮りに請求の原因一、記載の事実が認められるとしても、

1 被告高波は訴外桜井伊兵衛に対し、請求の原因一、1の(一)ないし(一〇)記載の各借入金毎に、別紙計算表(その一)中利息支払日および支払利息額の各欄記載のとおり約定による利息金を支払つてきた。

2 被告高波は訴外桜井伊兵衛に対し、請求の原因一、2記載の準消費貸借契約に基く債務につき、別紙計算表(その二)中利息支払日および支払利息額の各欄記載のとおり約定による利息金を支払つてきた。

3 右各支払利息金中利息制限法による制限を越える部分は元本の支払いに充当されるべきものであるから、右準消費貸借契約は右一、1記載の各支払利息金中利息制限法超過分を元本支払に充当した後の元本残額合計額においてのみ効力を有し、右一、2記載の各支払利息金中利息制限法超過部分を右準消費貸借に基く元本支払に充当した残額についてのみ被告高波は支払義務があるにすぎない。

二、仮りに請求の原因二、記載の事実が認められるとしても、被告日吉は本件不動産の譲受当時、右譲受行為が被告高波の債権者を害することを知らなかつた。即ち、被告日吉は右当時被告高波に対して金二、〇〇〇万円弱の貸付金債権を有していたものであるが、これは全て被告高波の本件不動産における旅館業に対する営業資金として貸付けて来たものであつて、被告高波が訴外桜井伊兵衛らの第三者に対し多額の借受金債務を負担していることなどは何ら予想もしていなかつたものである。

(原告らの答弁)

一、抗弁一、記載の事実は認める。

二、同二、記載の事実は否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一1  被告高波正行本人尋問の結果、証人桜井五百枝の証言、および弁論の全趣旨によれば、請求の原因一、1の(一)ないし(一〇)記載の各期日に、訴外桜井伊兵衛が被告高波に対し同所記載の各金員を貸し付けたことを認めることができ、甲第一号証(被告高波の委任状)中「債権者桜井五百枝」との記載、甲第二号証(昭和四一年一月一〇日被告高波振出の約束手形)中「受取人桜井伊左夫」との記載、甲第四号証の一(契約書案)中「訴外桜井五百枝を債権者とする」趣旨の記載、甲第七号証(被告高波作成の念書)中「被告高波経由にて訴外ニツポン・シネマ株式会社および同伊藤長栄が訴外桜井伊兵衛に対して債務を負担している」趣旨の記載は、これをもつて直ちに前認定を覆すに足りず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  請求の原因一、2記載の事実中、従前の債務の当事者について被告らはこれを否認するが、右1認定のとおり従前の貸借当事者は訴外桜井伊兵衛および被告高波であり、その余の点につき当事者間に争いがない。

3  抗弁一、の1および2記載の各事実は当事者間に争いがない。

4  以上の認定事実によれば、

(一)  抗弁一、1記載の各支払にかかる利息金中、利息制限法所定の最高限の利息(請求の原因一、1の(一)、(二)、(七)、(九)、(一〇)の各貸付金については年一割八分、同(三)ないし(六)、(八)の各貸付金については年一割五分)超過分はそれぞれその元本の支払いに充当されるものというべく、右(一)ないし(一〇)の各貸付金につきそれぞれ右の充当関係を計算すれば、別紙計算表(その一)の(一)ないし(一〇)のとおりとなり、昭和四〇年一一月一二日当時、被告高波は訴外桜井伊兵衛に対し右(一)ないし(一〇)の各借入金債務合計金五五一万九、七九五円一五銭の債務を負担していたものというべきである(別紙計算表(その二)(一)参照。)。

(二)  従つて、前認定の昭和四〇年一一月一二日締結にかかる訴外桜井伊兵衛、被告高波間の準消費貸借契約は右金五五一万九、七九五円一五銭の返還債務を目的とする限度で有効であつたというべく、これに対する利息制限法所定の最高限の利息は年一割五分であるから、前認定の抗弁一、2記載の各支払利息金中これを越える部分は右準消費貸借契約に基づく債務の元本の支払に充当されるものというべく、別紙計算表(その二)(二)記載のとおり元本の支払いに充当されて、被告高波は訴外桜井伊兵衛に対し昭和四一年一月三一日当時金五三〇万二、九五一円七五銭の元本およびこれに対する支払期限後(訴状送達の翌日)である昭和四二年三月六日以降約定による日歩八銭二厘以内である年五分の割合による遅延損害金の支払義務があつたものというべきである。

二  そこで詐害行為の成否につき判断する。

1  被告日吉が、昭和四一年四月二二日、被告高波から本件不動産を譲受けて、同月二三日、右につき所有権移転登記を経由した事実は当事者間に争いがない。

2  甲第六号証、同第一四号証の証拠能力(証拠適格性)につき判断する。

証人桜井伊知郎、同大久保三佳子の各証言によれば、昭和四一年七月一八日被告高波が訴外桜井伊兵衛方を訪れ、同人宅で訴外桜井伊兵衛、同人の子たる原告桜井伊佐夫、原告桜井伊佐夫の妻たる訴外桜井五百枝と本件事件について会談した際、原告桜井伊佐夫の子たる訴外桜井伊知郎において右会談の行なわれた部屋の隣室で右会談の内容を被告高波に断らないままにテープレコーダーにより録音し、後日訴外桜井伊知郎において右録音テープを反訳して甲第六号証を作成したものであること、しかして更に後日、訴外大久保三佳子において右テープを新たに別のテープに吹き替えて当該新テープを反訳し(但し一部は要約し)て甲第一四号証を作成したものであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右によれば、右録音テープに録取された会談の内容は、本件事件の当事者間で本件事件について質疑がなされた際にこれを一方当事者側において録取したものであり、特に会談の当事者以外にききとられまいと意図した形跡はないから、右録取に際し他方当事者の同意を得ていなかつた一事をもつて公序良俗に反し違法に収集されたものであつて、これにもとづいて作成された証拠に証拠能力を肯定することが社会通念上相当でないとするにはあたらない。とすれば、甲第六号証、第一四号証もその証拠能力を否定することはできないというべきである。

3  被告高波正行本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)、証人矢田昭吾の証言(後記措信しない部分を除く。)、前記甲第六号証、第一四号証、成立につき当事者間に争いのない甲第九号証および弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。即ち、

(一)  被告高波は被告日吉の娘と昭和三四年一一月結婚し、その頃から本件不動産(但し、建物については現在の建物焼失以前の建物。)において旅館「土樽山荘」を営みこれを昭和三七年七月右経営にかかる旅館が火災により焼失するまで継続し、その後、東京都内において(最初は小岩において、後、高田馬場において)飲食店を営んで昭和四一年に至つた。

(二)  右の間、被告高波は旅館の営業資金および食堂営業資金として被告日吉から度々金員を借受け、昭和四一年一月当時被告日吉に対し約一、五〇〇万円の借入金債務を負担していた。

(三)  一方、前記旅館焼失後、右旅館再建のため被告高波は被告日吉に金策方を依頼したがこれが得られかつたので被告高波は訴外桜井伊兵衛からの借入金をもつて旅館(別紙物件目録記載の建物)を建築し、経営は同被告の母や弟が担当していた。

(四)  しかるところ、以前被告日吉が「日の出殖産」の商号で金融業を営んでいた際、訴外借受人某から担保としてとつて被告高波名義にしておいた東京都荒川区所在の財産が同被告の他の債権者から差押えられる事態が生じ、本件不動産も差押えを受ける危険に晒されるに至つた。

(五)  被告日吉においても前記(二)のとおり多額の金員を出資してきた旅館業の本拠である本件不動産が差押えを受けるかもしれないという事態に、被告日吉から被告高波のように融資を受けるという便宜を得て来なかつた被告日吉の他の子供らから不満が出たこともあつて、昭和四一年一月末頃被告らおよび被告日吉の甥に当る訴外矢田昭吾をまじえて協議するに至つた。

(六)  右親族一同の協議の席で、被告高波は本件不動産を前記被告日吉に対する借入金の一部の支払いに代えて同被告に譲渡することになり、その後、訴外矢田昭吾が間に入つて前記借入金中五〇〇万円の支払いに代えて譲渡することになり、前認定のとおり被告日吉が本件不動産を譲受けるに至つた。

以上の認定に反する証人矢田昭吾の証言、被告高波正行本人尋問の結果は措信せず、乙第一号証は右認定に反するものでなく、他に右認定に反する証拠はない。

4  被告高波正行本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、本件不動産は訴外第四銀行に対して約一〇〇万円の債務のため抵当権を負担していたがこれを控除してもなお前記被告日吉の譲り受け当時約四〇〇万円の財産価値を有しており、被告高波は本件不動産以外には特に訴外桜井伊兵衛からの前記借受け金の支払いのための担保となるような資産を有していなかつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

5  しかして、以上認定事実を総合すれば、被告高波は本件不動産を被告日吉に譲渡すれば訴外桜井伊兵衛に対して借入金債務の支払をできなくなることを知りながら本件不動産が自己の親族以外の所有に帰すことになることを避けるために被告日吉に代物弁済として譲渡したものと認めるのが相当である。

6  被告日吉は本件不動産譲受当時、右譲受により被告高波の他の債権者を害することになることを知らなかつた旨抗弁するが、右に沿う被告高波本人尋問の結果は前掲甲第一四号証に照らし直ちに信用できず証人矢田昭吾の証言、乙第一号証のみをもつては未だ右抗弁事実を認めるに十分でなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

7  以上によれば、被告日吉の本件不動産譲受行為は詐害行為として取り消されるものというべく、右について経由した所有権移転登記は抹消すべきものである。

三  請求の原因三、記載の事実は当事者間に争いがない。

四  以上のとおりであるので、当事者のその余の主張につき判断するまでもなく、

1  被告日吉の本件不動産譲受行為は原告らと被告日吉の間で詐害行為として取り消さるべきものであり、

2  被告日吉は原告らに対し、右につき経由した本件不動産の所有権移転登記の抹消登記手続をすべき義務があり、

3  被告高波は、前記準消費貸借契約に基く残存債務元本金五三〇万二、九五一円七五銭中、昭和四一年二月二八日訴外桜井伊兵衛に対して元本の支払として弁済した金三万五、〇〇〇円を控除した残額である金五二六万七、九五一円七五銭およびこれに対する昭和四二年三月六日以降完済にいたるまで約定の損害金の範囲内である年五分の割合による遅延損害金を、その三分の一を原告桜井ヨシに対し、その三分の二を原告桜井伊佐夫に対して支払う義務がある。(従つて原告桜井ヨシに対し金一七五万五、九八三円九一銭およびこれに対する遅延損害金。原告桜井伊佐夫に対し金三五一万一、九六七円八三銭およびこれに対する遅延損害金。)

よつて、原告の請求中右1ないし3の限度でこれを認容し、被告高波に対するその余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条一項本文を適用し、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉 広田富男 八田秀夫)

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